紅葉(日記)

 

 

 月の頭に卒業試験の最終回があった。

 その結果が出る月末までは、受かった時のために、そのまた次の試験の勉強をする毎日だ。「受かった時」という言い方なのは個人的な試算では落ちる公算の方が大きいからなのだが、最近はその辺のストレスは良くも悪くも無くなってきている。落ちた場合内定先には本当に迷惑をかけてしまうことになるので、それだけが唯一の気がかりだが…。自転車操業のような日々を送っている。

 

 近頃、目が覚めたらルーティンとして少し遠くのコンビニまでミルクティーを買いに行くことにしている。

 アパートを出て、県の森を左手に見ながら南へ抜ける道を通る。薄川を越え、3 分も車を走らせればもう弘法山が見えてくる。弘法山古墳は少し枯葉色が目立ってきているように感じるが、それを抜けた先、開成中を左手に見送り中山へ一気に上がって行く長い坂道の紅葉は今が一番見頃だ。左手の高遠山の紅葉を見上げながら登る坂は結構きついが、運転するのは楽しい。中山小南の交差点を右に折れ、左手に田畑と高遠山、右には松本市街を見下ろす下り坂を一気に降りるとコンビニにつく。所用時間は15分程度で、目覚まし代わりのドライブにはちょうど良い距離感のように感じる。

 

 昨日は気が向いたので、そこから車でもう10分ほど南に足を伸ばした。

 中山小の交差点で右折せずに直進してしばらく進めば、牛伏寺の看板が見えるあたりで東山山麓線に分岐する。東山山麓線は景色がいい道として有名で、塩尻インターまで抜ける10分ほどの道中はずっと右手に松本平を見下ろす格好で、走っていてとても気持ちの良い道だ。

 そんな山麓線の序盤に、ハッピードリンクショップ塩尻片岡店がある。

 簡易ドライブインーーといっても屋根すらないがーーのような場所で、自販機でコーヒーを買い、景色を見ながら一服という使い方をする人も多いのだろう。

 以前取材でここを訪れたことを思い出して向かったのだが、相変わらず清々しい場所だった。

 

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 帰り道、開成中まで坂を降りた後に右折し、千鹿頭山を右手に臨む道を選んだ。

 この道を選んだ理由は特に無かったが、景色を横目に見ていると以前の記憶が蘇った。

 

 以前付き合っていた女性と同じような紅葉の季節に千鹿頭山を訪れたことがあった。

 千鹿頭山は標高657mほどの小さな山ーー僕の住んでいる松本市は標高600m強に位置しているーーで、山頂の千鹿頭神社までは15~20分ほどで登る道があり、初心者用のハイキングのようなことができる。小さいと言っても景色はとても綺麗で、ふもとの千鹿頭池から山を見上げると心が洗われるような心持ちになる。その時も紅葉を見に、一眼レフを抱えた彼女と一緒に山を登りに行ったのだった。山を登っている途中に、歩くスピードが合わずケンカのようになってしまったことを覚えている。

 

 もともと無意味なこだわりの強い性格である上に今よりも子供っぽかった当時の僕は、相手に合わせられずに口喧嘩をしてしまうことが度々あった。車窓から見える景色が綺麗で「写真を撮りたいからちょっと車を路肩に停めて」と言われても、僕はなぜかそれができなかった。信号か駐車場でしか車を停められないという強迫観念があるからだ。

 今思い返せば簡単なお願い…というか、お願いですらないレベルのことのように思えるが、余裕がなかった当時の僕は、いつも無理難題を押し付けられているような気分だった。今でも自分一人でいる時は、たとえ自分が車を停めて写真を撮りたいと思っても、駐車場以外に車を停めることはできない(これは僕が抱えている無数の無意味なこだわりの一例だ)。

 

 千鹿頭山を過ぎて少し走ると薄川に突き当たる。僕は右折して、川沿いの道を少し走らせることにした。右手の街路樹の向こうには小さい山々が田畑にせり出した地形になっていて、昼過ぎとは言え若干の夕方の気配をにじませた日の光がそれらを照らしていた。その日見たどこのものよりも美しい紅葉だった。車を停めて写真を撮りたいと強く感じながら僕はその景色を通過した。今彼女と出会っていたら、車を路肩に停めるくらいわけないことなんだけどなあ、と考えていた。

 

 薄川を渡って兎川寺が見えてきた頃、恋愛ってこういうことなのか、と思った。

 

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